日なたの続き
ずっしり・4分

日なたの続き:猫が死んで、3日間泣き続けた

匿名の飼い主・4分・ずっしり

16年間一緒にいた猫が、死んだ。

朝、いつものように餌をあげようとしたら、猫は動かなかった。呼吸もしていなかった。体は冷たくなっていた。

「嘘でしょ」

何度も名前を呼んだ。体を揺すった。でも、猫は目を開けなかった。

一人暮らしの部屋で、私は猫の体を抱きしめて泣いた。声を上げて、子どものように泣いた。

この猫は、私が大学生の時に拾った猫だった。段ボールに入れられて、雨の中で鳴いていた。見過ごせなくて、連れて帰った。

それから16年。引っ越しも、転職も、失恋も、すべて一緒だった。辛い時は、猫が膝の上に乗ってきた。嬉しい時は、一緒に遊んだ。猫がいたから、一人じゃなかった。

でも、もういない。

会社に連絡して、休みをもらった。ペット葬儀の業者に連絡して、翌日に火葬の予約をした。それまでの時間、私は猫のそばにいた。

猫の体を撫でながら、思い出を辿った。初めて膝の上に乗ってきた日。爪研ぎで家具をボロボロにされた日。病気になって、夜通し看病した日。朝、私を起こすために顔を舐めてきた日。

どれも、大切な思い出だった。

火葬の日、小さな骨壺を受け取った。16年間の命が、こんなに小さくなってしまった。重さを感じながら、また泣いた。

家に帰っても、猫がいない。餌をあげる必要もない。鳴き声も聞こえない。ただ、静かな部屋があるだけだった。

友達に「猫が死んだ」と言ったら、「次の猫、飼わないの?」と聞かれた。でも、今はまだ無理だった。この猫の代わりなんて、いない。

3日間、ずっと泣いていた。仕事も手につかなかった。ご飯も食べられなかった。ただ、骨壺を抱えて、ぼんやりと過ごした。

でも、4日目の朝、少しだけ気持ちが変わった。

猫は、もう苦しんでいない。老いて、体が動かなくなって、最期は穏やかに眠るように逝った。それは、幸せな最期だったのかもしれない。

そして、16年間、私は猫に愛されていた。猫も、私に愛されていた。それは、確かなことだ。

骨壺を棚に置いて、猫の写真を飾った。毎朝、「おはよう」と声をかけるようにした。猫はもういないけど、思い出は消えない。

今でも、悲しい。猫がいない部屋は、静かすぎる。でも、少しずつ、日常が戻ってきた。

今朝も、写真に「おはよう」と言った。

写真の額に、朝の日が当たっていた。

あの子がいつも寝ていた、日なたの続きみたいな光だった。

― 匿名の飼い主

同じ棚から、もう一冊

研究所道具屋猫の国の地図