「いいお母さんにならなきゃ」
そう思っていた。いや、そう思い込まされていたのかもしれない。
息子が生まれた日から、私は完璧を目指した。手作りの離乳食、清潔な部屋、規則正しい生活リズム、絵本の読み聞かせ、知育おもちゃ。育児書に書いてあることを、全部やろうとした。
でも、現実は違った。
息子は夜泣きばかりで、私は慢性的な睡眠不足。部屋は散らかり放題。手作りの離乳食を作る余裕なんてない。夫は仕事で忙しく、ほとんど家にいない。実家は遠い。頼れる人がいない。
「私、ダメな母親だ」
そう思うたびに、涙が出た。SNSを開けば、キラキラした育児をしている人たちばかり。手作りのお弁当、きれいに片付いた部屋、笑顔の子ども。それに比べて、私は何をやっているんだろう。
ある日、限界が来た。
息子が泣き止まない。何をやってもダメ。オムツも替えた、ミルクもあげた、抱っこもした。それでも泣き続ける。私も泣きたくなった。いや、泣いた。息子と一緒に、床に座り込んで泣いた。
その時、ふと思った。「もう、無理」って。
完璧な母親になるのは、無理。そもそも、完璧な母親なんて存在しない。みんな、どこかで手を抜いている。どこかで諦めている。そうやって、なんとか生きている。
それからの私は、少し変わった。
離乳食は、ベビーフードを使うことにした。罪悪感はあった。でも、それで少し楽になるなら、いいじゃないかと思った。部屋が散らかっていても、命に関わるわけじゃない。洗濯物が溜まっても、明日やればいい。
夫に「助けて」と言えるようになった。最初は言いづらかった。「私が母親なんだから、私がやらなきゃ」と思っていた。でも、言ってみたら、夫は意外とあっさり手伝ってくれた。完璧じゃないけれど、やってくれた。それだけで、私は救われた。
息子は今、小学生になった。元気に学校に通っている。友達もいる。笑顔もある。
振り返ってみると、あの頃の私は本当に必死だった。完璧じゃなかった。たくさん失敗した。たくさん泣いた。でも、息子は育った。不完全な母親の元でも、ちゃんと育った。
「いいお母さん」の定義なんて、誰にも決められない。完璧じゃなくていい。手を抜いてもいい。泣いてもいい。助けを求めてもいい。
それでも、子どもは育つ。それでも、愛は伝わる。
今、もし完璧を目指して苦しんでいる人がいたら、伝えたい。完璧じゃなくていい。あなたはもう、十分頑張っている。十分、いいお母さんだ。
息子は時々、私に言う。「お母さん、ありがとう」って。
その言葉を聞くたびに思う。ああ、これでよかったんだな、って。完璧じゃない私で、よかったんだな、って。
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*© 2025 匿名の母*