母が倒れたのは、去年の秋だった。
脳梗塞。一命は取り留めたけど、半身麻痺が残った。もう一人では生活できない。誰かが、そばにいないといけない。
父は5年前に亡くなった。兄は遠方に住んでいて、家族がいる。妹も仕事が忙しい。
結局、私が面倒を見ることになった。
最初は、仕事を続けながらなんとかしようと思った。朝、母の世話をして、仕事に行って、夜また母のところに行く。週末は、ずっと母と一緒。
でも、無理だった。
母は夜中に何度も起きる。トイレの介助、水を飲ませる、体位を変える。睡眠時間は、3時間くらい。朝、会社に行っても、頭が回らない。ミスが増えた。
上司に相談した。
「介護休暇を取らせてください」
でも、会社の制度は3ヶ月まで。その後は、どうするのか。介護はいつ終わるか分からない。
結局、退職することにした。
「本当にいいのか?」
上司は心配してくれた。私も迷った。キャリアを捨てていいのか。貯金は減っていく。将来はどうなるのか。
でも、母を一人にはできなかった。
退職した日、家に帰って母に報告した。
「お母さんの世話をするために、仕事辞めたよ」
母は、涙を流した。
「ごめんね、ごめんね」
母は何度も謝った。その度に、胸が痛んだ。母が謝ることじゃない。でも、母も辛いんだと思った。
介護生活が始まった。朝、母を起こして、着替えさせて、朝食を食べさせる。リハビリに連れて行く。昼食、おむつ交換、入浴介助。夜、また食事、薬、寝かせる。
毎日、同じことの繰り返し。自分の時間なんて、ほとんどない。友達と会うこともできない。趣味も諦めた。
ある日、鏡を見た。そこには、疲れ切った自分がいた。いつの間にか、こんなに老けていた。
「私の人生、これでいいのか?」
そう思った瞬間、自分を責めた。母のために頑張っているのに、なんでこんなこと思うんだ。
でも、辛かった。本当に辛かった。
兄に電話した。
「もう限界。少し手伝って」
でも、兄は言った。
「俺も忙しいんだよ。お前が辞めたんだから、頑張ってくれよ」
その言葉に、怒りが込み上げた。でも、何も言えなかった。
半年経った頃、母がデイサービスに通えるようになった。週3回、数時間だけ、自分の時間ができた。
その時間、私は何もしなかった。ただ、ベッドに横になって、天井を見ていた。何も考えたくなかった。
でも、少しずつ気持ちが楽になった。誰かに母を任せられる。それだけで、心が軽くなった。
今、介護を始めて1年が経った。母の状態は、あまり変わっていない。この生活が、いつまで続くか分からない。
後悔がないと言えば、嘘になる。仕事を続けていたら、今頃どうなっていたか。そう思うこともある。
でも、母を見捨てることはできなかった。それが、私の選択だった。
介護をしている人に言いたい。あなたは、頑張っている。誰も褒めてくれなくても、あなたは十分頑張っている。
そして、辛い時は助けを求めていい。デイサービス、ショートステイ、ケアマネージャー。使えるものは、全部使っていい。
自分を犠牲にしすぎないで。あなたの人生も、大切だから。
私はまだ、答えが出ていない。でも、今できることを、ゆっくりやっていく。それしかないと思っている。
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*© 2025 匿名の介護者*