鳴き始めた鳥
ずっしり・5分

鳴き始めた鳥:睡眠薬を、手に握ったまま朝を迎えた

匿名の生存者・5分・ずっしり

あの夜、私は睡眠薬を手に握っていた。

1錠、2錠、3錠…数えた。全部で20錠。これを飲めば、もう起きなくていい。そう思った。

「もう、疲れた」

声に出して言った。誰もいない部屋で。

仕事も、人間関係も、すべてがうまくいかない。毎日が辛くて、生きている意味が分からなくて。「消えたい」と思う日が増えていった。

最初は、ぼんやりとした考えだった。「死んだら楽かな」くらい。でも、だんだん具体的になっていった。「どうやって死のう」「いつ死のう」。

そして、あの夜。決行する日だと決めた。

遺書も書いた。両親へ、友達へ、会社の人へ。「ごめんなさい」と書いた。「迷惑をかけてごめんなさい」と。

部屋を片付けた。見られたくないものは捨てた。通帳と印鑑を、分かりやすい場所に置いた。

準備は整った。あとは、飲むだけ。

睡眠薬を手に握った。水を用意した。

「これで、終わりにできる」

そう思った瞬間、手が震えた。

本当にこれでいいのか。本当に、死にたいのか。

頭の中で、色々な声がした。

「楽になれるよ」
「もう頑張らなくていいよ」

でも同時に、別の声もした。

「本当にこれでいいの?」
「明日は、もしかしたら違うかもしれないよ」

その「もしかしたら」が、引っかかった。

明日も、今日と同じかもしれない。でも、もしかしたら違うかもしれない。その可能性を、確かめずに死んでいいのか。

時計を見た。深夜2時。

「朝まで、待ってみようか」

そう思った。朝まで待って、それでも死にたかったら、その時に死ねばいい。

ベッドに横になった。睡眠薬は、まだ手に握ったまま。いつでも飲める。でも、今は飲まない。

目を閉じた。眠れなかった。でも、そのまま横になっていた。

時間が過ぎた。3時、4時、5時。

窓の外が、少しずつ明るくなってきた。鳥が鳴き始めた。朝が来た。

私は、まだ生きていた。

手を開いた。睡眠薬が、手のひらに跡を残していた。でも、飲まなかった。

「今日も、生きてしまった」

そう思った。でも、不思議と悪い気分じゃなかった。

朝日が、カーテンの隙間から差し込んできた。その光を見て、思った。

「とりあえず、今日一日だけ生きてみよう」

それから、病院に行った。精神科。先生に、正直に話した。死にたいと思っていること。昨夜のこと。

先生は、静かに聞いてくれた。そして、言った。

「よく、来てくれましたね」

その言葉に、涙が出た。

治療が始まった。薬も飲み始めた。カウンセリングも受けた。すぐには良くならなかった。でも、少しずつ、霧が晴れていった。

今でも、死にたいと思う日はある。でも、あの夜ほど切羽詰まった感じはない。

「今日一日だけ、生きてみよう」

そう思って、なんとか続けている。明日のことは考えない。ただ、今日だけ。

あの夜、睡眠薬を飲まなくて良かった。朝まで待って、良かった。

もしあなたも、今夜死のうと思っているなら、朝まで待ってみてほしい。明日も同じかもしれない。でも、もしかしたら違うかもしれない。

その「もしかしたら」を、確かめてから決めても遅くない。

私は、朝を迎えた。そして今日も、生きている。

それだけで、十分だと思う。

― 匿名の生存者

同じ棚から、もう一冊

研究所道具屋猫の国の地図