スーツケース
ふつう・4分

スーツケース:人に迷惑をかけてもいいと思えるまで

匿名の元優等生・4分・ふつう

「人に迷惑をかけてはいけない」

それが、私の人生のルールだった。

子どもの頃から、そう言われて育った。親に、先生に。「人に迷惑をかけるな」「自分のことは自分でやりなさい」。

だから私は、誰にも頼らなかった。困っていても、助けを求めなかった。一人で抱え込んで、一人で解決しようとした。

それが、正しいことだと思っていた。

でも、30歳を過ぎた頃、限界が来た。

仕事が忙しすぎて、体を壊した。病院に行ったら、「このままでは危ない」と言われた。休職を勧められた。

でも、休職したら会社に迷惑がかかる。同僚に負担がかかる。そう思うと、休めなかった。

ある日、倒れた。職場で、意識を失った。

救急車で運ばれた。入院した。仕事どころじゃなくなった。

結局、休職することになった。私が一番避けたかった「迷惑をかける」ことになった。

病室で、泣いた。「申し訳ない」という気持ちでいっぱいだった。

でも、上司が見舞いに来てくれた時、言われた。

「無理しすぎだったんだよ。もっと早く言ってくれれば良かったのに」

その言葉が、意外だった。

「迷惑かけて、すみません」と言ったら、上司は首を横に振った。

「迷惑なんて思ってないよ。あなたが倒れたことの方が、よっぽど心配だった」

その言葉を聞いて、何かが崩れた。

私は、「迷惑をかけてはいけない」と思いすぎていた。でも、本当にそれが正しいのか。

友達にも、相談してみた。

「私、人に迷惑かけたくなくて、何でも一人でやろうとしちゃうんだ」

友達は、笑って言った。

「それ、逆に迷惑だよ。助けたいのに、頼ってくれないと寂しいもん」

その言葉が、衝撃だった。

人に頼らないことが、逆に相手を遠ざけていた。「私を信頼してない」と思わせていた。

それから、少しずつ変わろうと思った。

最初は小さなことから。荷物を持ってもらう。道を聞く。「ありがとう」と言う。

助けてもらった時、以前なら「すみません」と言っていた。でも、今は「ありがとう」と言うようにした。

「すみません」は謝罪。「ありがとう」は感謝。同じ行為でも、意味が全然違う。

少しずつ、人に頼ることができるようになった。そうしたら、人間関係が変わった。

友達との距離が近くなった。同僚とも、もっと話せるようになった。「助けて」と言える関係が、できた。

「人に迷惑をかけてもいい」

そう思えるようになるまで、長い時間がかかった。今でも、罪悪感が湧くこともある。

「迷惑をかけてはいけない」と思い込んでいた頃の私は、助け合いの輪の外に、自分だけを置いていたんだと思う。

この前、駅の階段で重いスーツケースを持ってもらった。「すみません」じゃなくて、「ありがとうございます」と言えた。

それだけのことに、長い時間がかかった。

― 匿名の元優等生

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