散らかった部屋
そっと・4分

散らかった部屋:完璧じゃなくていいと気づいた日

匿名の元完璧主義者・4分・そっと

完璧じゃないと、価値がない。

そう思って、生きてきた。

仕事は完璧にこなす。部屋は常に綺麗。身だしなみも完璧。メールの返信も即座に。予定は分単位で管理。

少しでも失敗すると、自分を責めた。「なんでできないんだ」「ダメな人間だ」。

周りからは、「しっかりしてる」と言われた。でも、私は苦しかった。

完璧を維持するのは、疲れる。いつも緊張している。失敗が怖い。人からどう見られているか、常に気にしている。

ある日、体が動かなくなった。

朝、ベッドから起き上がれなかった。仕事に行かなきゃいけない。でも、体が言うことを聞かない。

「これじゃダメだ」

そう思った瞬間、涙が止まらなくなった。

病院に行った。「適応障害です」と言われた。「完璧主義すぎて、心が疲れてしまったんですね」。

休職することになった。完璧な私が、休職。それが、一番受け入れられなかった。

家で過ごす日々。何もしない。何もできない。部屋も散らかり始めた。洗濯物も溜まった。

「私は、ダメな人間になった」

そう思った。

でも、ある日気づいた。

部屋が散らかっていても、死なない。洗濯物が溜まっていても、世界は終わらない。メールの返信が遅れても、誰も怒らない。

完璧じゃなくても、生きていける。

友達が見舞いに来た時、散らかった部屋を見て言った。

「あれ、珍しいね。でも、なんかホッとする」

「ホッとする?」

「うん。今までのあなた、ちょっと怖かったもん。完璧すぎて、近寄りがたいというか」

その言葉が、衝撃だった。

完璧であろうとすることで、人を遠ざけていた。「私なんかと友達になれない」と思わせていた。

それから、少しずつ変わり始めた。

まず、「まあいいか」を口癖にした。完璧じゃなくても、「まあいいか」。

料理が失敗しても、まあいいか。メールの返信が遅れても、まあいいか。部屋が少し散らかっていても、まあいいか。

最初は、罪悪感があった。でも、続けているうちに、楽になってきた。

仕事に復帰した時、以前のように完璧を目指すのをやめた。80点でいいと思うようにした。

そうしたら、周りの反応が変わった。

「最近、話しかけやすくなったね」
「前より、リラックスしてる感じがする」

完璧じゃない私の方が、人は好きみたいだった。

今でも、完璧主義の癖は抜けない。つい頑張りすぎてしまう。でも、気づいたら「まあいいか」と言うようにしている。

完璧じゃなくていい。70点でも、60点でも、生きていける。

その方が、楽だし、人間らしい。

完璧じゃなくても、私には価値があった。不完全だからこそ、人間らしかった。

それに気づくのに、ずいぶん遠回りをした。

私は、完璧じゃない自分を受け入れた。それで、楽になった。

人生は、もっと自由でいいと思う。

― 匿名の元完璧主義者

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