← 図書館へ戻る
📝

ある欠勤者の記録 ― 履歴書の空白について

📅 2026-04-02⏱️ 5分✍️ 匿名の欠勤者
連載ある欠勤者の記録受容退職履歴書空白
📖 ある欠勤者の記録5/5
パソコンの画面に、履歴書のテンプレートが開いてある。 職歴の欄。最後の行は「——株式会社 営業事務部」。入社から5年。その横の日付で、止まってる。 その先に、半年の空白がある。 退職したのは先月のこと。休職期間が延びて、5ヶ月目に入った時、上司と人事の人と面談があった。 「もう少し休んでもいいですよ」と言われた。 優しかった。本当に。でも、「もう少し」がいつまでなのか、自分でも分からなかった。戻れるのか。戻りたいのか。 考えて、考えて、辞めることにした。 辞めた日は、思ったより静かだった。泣くかと思ったけど、泣かなかった。荷物をダンボール一個分にまとめて、最後に同期とお茶をした。 「また会おうね」 「うん」 それだけ。長い挨拶も、感動的なスピーチもなかった。5年は、ダンボール一個に収まった。 で、今、履歴書を書いてる。 面接で聞かれるだろう。「この期間は何をされていましたか?」 何をしてたか。 最初の1ヶ月は寝てた。2ヶ月目はコンビニに行けるようになった。3ヶ月目は散歩を始めた。4ヶ月目に料理をするようになった。5ヶ月目に退職を決めた。6ヶ月目の今、履歴書を書いてる。 それを、なんて言えばいいんだろう。 「体調を崩して療養してました」。それが模範解答らしい。ネットで調べた。深く聞かれたら「今は回復して、働く意欲があります」と続ける。 嘘じゃない。嘘じゃないけど、全部でもない。 本当のことを言ったらどうなるんだろう。 「朝、会社に行けなくなりました。原因は分かりません。診断書をもらって休職して、公園のベンチで風を感じて、歯を磨けた日に自分を褒めて、それでやっとここまで来ました」 言えるわけがない。 でも、言えないことが、少し悔しい。 この半年間、私は何もしてなかったわけじゃない。毎日、小さなことと戦ってた。布団から出ること。シャワーを浴びること。ご飯を食べること。外に出ること。 その全部が、履歴書には書けない。 空白。この半年は、書類上「空白」になる。 でも、空白じゃなかった。私はちゃんと、ここにいた。 テンプレートの空白の欄を、しばらく見つめた。 何て書くかは、まだ決めてない。 でも、この空白を恥ずかしいとは思わなくなった。少なくとも、今は。 先月の自分だったら、「空白がある自分はダメだ」と思ってた。3ヶ月前の自分だったら、履歴書を開くこと自体ができなかった。 半年前の自分だったら、ブラウスに手が伸びなかったあの朝のことを、ずっと後悔してたと思う。 今はもう、後悔してない。 あの朝、手が止まってくれて、よかったと思う。あれは身体が「もう限界だよ」って教えてくれたんだ。 全部治ったわけじゃない。 朝が怖い日はまだある。人と会うのがしんどい日もある。「本当に働けるのかな」って不安になる夜もある。 でも、半年前よりは、少しだけ、自分の扱い方が分かるようになった。 履歴書を保存して、パソコンを閉じた。 今日はここまで。 明日、もう少し考えよう。 急がなくていい。たぶん。 --- *© 2026 匿名の欠勤者*
ある欠勤者の記録
つづきをお楽しみに