ダンボール一個
ふつう・5分

ある欠勤者の記録(5/5)

ダンボール一個:ある欠勤者の記録 ― 履歴書の空白について

匿名の欠勤者・5分・ふつう

パソコンの画面に、履歴書のテンプレートが開いてある。

職歴の欄。最後の行は「——株式会社 営業事務部」。入社から5年。その横の日付で、止まってる。

その先に、半年の空白がある。

退職したのは先月のこと。休職期間が延びて、5ヶ月目に入った時、上司と人事の人と面談があった。

「もう少し休んでもいいですよ」と言われた。

優しかった。本当に。でも、「もう少し」がいつまでなのか、自分でも分からなかった。戻れるのか。戻りたいのか。

考えて、考えて、辞めることにした。

辞めた日は、思ったより静かだった。泣くかと思ったけど、泣かなかった。荷物をダンボール一個分にまとめて、最後に同期とお茶をした。

「また会おうね」

「うん」

それだけ。長い挨拶も、感動的なスピーチもなかった。5年は、ダンボール一個に収まった。

で、今、履歴書を書いてる。

面接で聞かれるだろう。「この期間は何をされていましたか?」

何をしてたか。

最初の1ヶ月は寝てた。2ヶ月目はコンビニに行けるようになった。3ヶ月目は散歩を始めた。4ヶ月目に料理をするようになった。5ヶ月目に退職を決めた。6ヶ月目の今、履歴書を書いてる。

それを、なんて言えばいいんだろう。

「体調を崩して療養してました」。それが模範解答らしい。ネットで調べた。深く聞かれたら「今は回復して、働く意欲があります」と続ける。

嘘じゃない。嘘じゃないけど、全部でもない。

本当のことを言ったらどうなるんだろう。

「朝、会社に行けなくなりました。原因は分かりません。診断書をもらって休職して、公園のベンチで風を感じて、歯を磨けた日に自分を褒めて、それでやっとここまで来ました」

言えるわけがない。

でも、言えないことが、少し悔しい。

この半年間、私は何もしてなかったわけじゃない。毎日、小さなことと戦ってた。布団から出ること。シャワーを浴びること。ご飯を食べること。外に出ること。

その全部が、履歴書には書けない。

空白。この半年は、書類上「空白」になる。

でも、空白じゃなかった。私はちゃんと、ここにいた。

テンプレートの空白の欄を、しばらく見つめた。

何て書くかは、まだ決めてない。

でも、この空白を恥ずかしいとは思わなくなった。少なくとも、今は。

先月の自分だったら、「空白がある自分はダメだ」と思ってた。3ヶ月前の自分だったら、履歴書を開くこと自体ができなかった。

半年前の自分だったら、ブラウスに手が伸びなかったあの朝のことを、ずっと後悔してたと思う。

今はもう、後悔してない。

あの朝、手が止まってくれて、よかったと思う。あれは身体が「もう限界だよ」って教えてくれたんだ。

全部治ったわけじゃない。

朝が怖い日はまだある。人と会うのがしんどい日もある。「本当に働けるのかな」って不安になる夜もある。

でも、半年前よりは、少しだけ、自分の扱い方が分かるようになった。

履歴書を保存して、パソコンを閉じた。

今日はここまで。

明日、もう少し考えよう。

急がなくていい。たぶん。

― 匿名の欠勤者

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